蒲生八幡神社は鹿児島県姶良市に存在する神社で応神天皇、仲哀天皇、神功皇后の八幡三神を祀っている。
WIKIによれば「藤原氏北家教通流の分出とされる蒲生(かもう)氏の初代当主舜清(ちかきよ)が保安4年(1123年)に大隅国へ下向、生母が宇佐八幡宮の宮司家出身であった縁で同宮から勧請して創祀したという。戦国時代、島津氏との激しい戦いの末に蒲生氏は敗れて島津氏の軍門に下り、弘治3年(1557年)他地に退去させられた。その後島津義弘により社殿が再建される。また元和4年(1618年)12月には義弘から鳥居と額が奉建されたともされる。昭和60年(1985年)、台風13号の被害により社殿は大破し、現在の社殿はその後再建したものである。また、台風被害の翌年から「蒲生八幡神社」と改名した。2008年頃から社務所を鳥居の近くより社殿左に移転している。」
・・・とのことじゃ。
ここは神社そのものより御神木で環境庁より「日本一の巨樹」と認定された「大クス」のほうが名が通っていると思う。
今回ここにやってきた目的はその大クスを見学することじゃ。過去にこのエリアは何度か来ているはずで 来たなら「大クス」を見てないはずはない・・・はずなんだが、歳のせいなのか見たのか見ていないのか 記憶が全く残っていなかったしな・・・
で、大クスがこちら。
推定樹齢1500年、樹高30M、根回り33.57M、目通り幹回り24.22Mというさすがの一品。
根元にはシダやら草やら小さい樹木やらで そこだけで一つの自然のサイクルが形成されているようじゃ。
このくらいの年季の入ったクスの宿命なのか 根元には大きな空洞が広がっていて 入口が設置されている。もちろん中に入るとかはできないんだけど。
存在感はさすがだな・・・いやいや、なにかパワーをもらったような気にはなったぞ♪
こちらもネットの文章をコピペしておくと、
島津氏の藩祖忠久が建立した伝統と歴史をもつ神社です。忠久公の父母、源頼朝と丹後の局や、丹後の局が厚く帰依した僧永金などが祀られています。忠久公が薩摩・大隅・日向の守護職に任ぜられ下向した折、1218年頼朝尊像を花尾山の南麓に御堂を建てて安置したのが、創建の時と言われています。うっそうとした森林に囲まれ、両側の苔むす老大木、緑と朱塗りの華麗な権現造の社殿は、日光東照宮に似て美しいことから「さつま日光」と言われています。内部の天井は、格子天井として、その一つ一つに草花の絵401枚が描かれ、床は板張り敷き、壁面は木連れ格子を組み蔀戸(しとみど)も使われています。民間の尊崇も厚く、毎年秋分の日に催される大祭をはじめ安産や家内安全を祈願するため、市内外から多くの参拝者が訪れます。(鹿児島県観光サイト「かごしまの旅」より転写)
・・・と、いうことじゃ。
ここは事前に調査していたというわけでもなくて 初日に動ける範囲でどこか適当なスポットがないか わしの所有しているツーリングマップルを眺めながら「何か面白そう」と思ってやってきた場所じゃ。当然 それまで存在そのものを知らなかったぞ。
とりあえず「さつま日光」という二つ名が気になったんだが・・・
「日光」を名乗るにしては・・・どうなんだろう?かなり凝った意匠であるのは認めるが・・・
ここのキモは格子天井に描かれた401枚の草木の絵らしい。
拝殿内部も自由に入れるようになっているんで ちょいと見学をば。
拝殿内部も自由に入れるようになっているんで ちょいと見学をば。
むぅ~、夕方に来たきたこともあるが 絵も年季が入っているからくすんでよくわからん・・・
御祭神として頼朝公と一緒に祀られている丹後局の墓は子授けと安産の神様らしい。
もしかしたら関連を想像させるオブジェの一つでもあれば見っけものだ、ということで一応チェック。
もしかしたら関連を想像させるオブジェの一つでもあれば見っけものだ、ということで一応チェック。
ふぅ・・・(-_-) (←何を期待していたのだろう?)

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