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2025年11月25日

【旅行記】2025晩秋・霧島付近うろうろ② 鹿児島神宮~石體神社

 「鹿児島神宮」の創建は山幸彦、海幸彦の神話時代にさかのぼり 御祭神は山幸彦の天津日高彦火火出見尊(あまつひだかひこほほでみのみこと)とその后神の豊玉比売命(とよたまひめのみこと)。

はっきり言って山口からは遠いこともあって 御朱印集めを始めるまでそんな格式の高い神社を全く知らなかったな・・・ちなみに「鹿児島」という県名の由来となり大隅国の一之宮、という位置づけじゃ。

まずは神馬 清嵐号にご挨拶して・・・

御神木を見学。

さっそく本殿にてお参り、なんだが 本殿向かって横から入るんだな・・・
ここで「竜宮の亀石」なる奇岩が鎮座していて なでると良いことがあるようだが そんな予備知識がなかったんで眺めただけで素通りしてしまったぞ・・・不覚ッ!

普通 本殿正面に賽銭箱があるんだが ここは左手に階段があって中に入ってお参りする趣向。
拝殿内部の天井格子が見事らしいが ちょうど七五三の祈祷の最中だったんでなかなかカメラを向ける勇気もなく・・・

とりあえずこちらも目的達成♪

ちなみにここは大隅国の一之宮だが薩摩国一之宮の枚聞神社とのコラボ御朱印もあるらしい。

画像はネットニュースよりの無断拝借なんだが、2枚重ねると鹿児島県の地図が出現する趣向なんだと。

これはすごく興味があったんだが 今回は指宿まで足を運ぶ予定もないからなあ・・・後ろ髪を引かれる思いだが断念じゃ!残念じゃ!くはっ!

では、とりあえずお参りも済んだし、300Mほど離れたところにあるという摂社「石體神社」もついでに拝んでおくかのぅ。

安産の御利益があるらしいが わしには全く縁がない・・・しかしながら鹿児島神宮のもともとの鎮座された場所ということだし 拝んでおくに越したことはなかろう。
ややこしそうな漢字の名前にも惹かれるものがあるしな・・・(←その程度の興味・・・)

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石體神社の駐車場に着いたら目の前に このような謎神社が・・・!

( ゚д゚ )クワッ!!  卑弥呼神社となっ!!



そういえば何年か前にネットで「卑弥呼を祀った神社」があるとかないとか、目にしたような記憶が・・・たしか「珍スポット」の記事だったと思うが 全然意識してなかったがココにあったのか・・・
ちなみに「卑弥弓呼」というのは倭の国の女王卑弥呼と仲の悪かった狗奴国の男王らしいぞ。
なんで仲が悪かった二人を一緒にお祭りしているのかは不明だが・・・


とりあえず拝まずに居れないんで早速参拝。
特に何が、というものはなかったが 御朱印があれば迷うことなくゲットしただろうな。(←格式よりインパクトを求める派)

この神社を拝めただけでもここに来た甲斐はあったというものよ・・・(;´∀`)


で、石體神社(しゃくたいじんじゃ)だが、先ほども書いたように鹿児島神社の元宮に当たる場所に鎮座している。


鹿児島神宮の北東300mほどの地に鎮座する石體神社は、 御祭神の天津日高彦穗穗出見尊、豊玉比賣命が都として営なまれた高千穂宮の正殿の在った所で、鹿児島神宮の元宮にあたります。
和銅元年(708)に鹿児島神宮は現在の位置に遷座し、その跡に社殿を造ったのが石體神社です。その標として石體神社の横には「神代聖蹟高千穂宮跡」の碑が建てられています。
豊玉比賣命は、御子神の鵜鴎葺不合尊を鵜の羽根で葺く産床の葺き終えないうちにお産みになった程お産の軽かった方で、鵜鴎葺不合尊の名はその故事に由来しています。
の御神徳で篤く崇敬されており、本殿の前の石塔の小石を御神体の代わりにひとつを頂いて、お産後は河原の清浄な小石を拾い2個にしてお返しする慣わしがあります。
尚、岩田帯はこの石體神社より出た言葉という説があります。
「九州の神社」サイトより無断抜粋)


・・・と、言うことじゃ。


これがその安産風習の儀式に使われる小石か・・・

石體神社の概要はそんな感じだが、卑弥呼のインパクトが強すぎてあんまり頭に入らなかったかな・・・


ふぅ・・・

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