兵庫県の宍粟市から一気に岡山市まで進んで やってきたのは吉備津神社。
桃太郎のモデルと言われる大吉備津彦命が御祭神の吉備津神社は 備中国一之宮、あるいは吉備総鎮守、三備一之宮。
わしも2024年のGWに参拝に来ているから記憶にも新しいんだが、その時は御朱印集めに手を出していなかったんで 御朱印を集めだしてからずっと心の片隅に引っかかっていたのじゃ。
今回の旅は「瀬戸内をぐるっと回る」、という趣向だったんで この吉備津神社と吉備津彦神社の再訪は今回の旅の構想が浮かんだ時にすでに組み込まれていた予定だったのじゃ。
再訪なんで やっぱり画像も前回のものとダブっているものしかないし 散策の集中度も前回の訪問のほうが高い、というのは仕方ないかな・・・
やはり廻廊を進んで末社摂社も拝んでおくか・・・
えびす宮
一童社
学問と芸能の神様、ということで合格祈願の絵馬も多いぞ。わしにはあんまり関係ないけどな。
一周回って本殿に戻ってきた~♪
とりあえず目的である御朱印をゲットして・・・次なるスポット、「吉備津彦神社」に向かうとするかの。
黍団子入りの「桃太郎うどん」が気になる・・・仲間であるはずの雉の肉団子を入れるのはどうなのか、とも思うけどな。
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で、やってきました、吉備津彦神社。
先ほどの吉備津神社から2キロ程度の距離に位置しているが、どちらも同じ「吉備中山」の麓にあり、桃太郎のモデルとされる「大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)」を祭神としている。
吉備津神社は備中国の一之宮で こちらの吉備津彦神社は備前国の一之宮。
夏至の日には朝日が鳥居の正面から昇ることから“朝日の宮”とも呼ばれているんだそうな。
では早速 お参りなど・・・
現存の本殿は、寛文8年(1668年)岡山藩主の池田光政公が造営に着手し、子の綱政公の元禄10年(1697年)に完成したものである。流麗な三間社流造りの神殿は飛鳥時代の社殿建築の粋がつくされており、荘厳華麗にして吉備国の神社建築が伝統とする“流造り”の正統な姿を示す社殿としても貴重な建築物とされています。本殿、渡殿、祭文殿、拝殿と社殿が一直線に配置されているのも特徴です。(吉備津彦神社公式より)
こちらも一応 摂社・末社の神様を表敬訪問。
御祭神/伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
木花佐久夜姫命(このはなさくやひめのみこと)
玉依姫命(たまよりひめのみこと)
例祭日 / 3月7日
子供祭り / 5月5日
摂社の子安神社は古来、縁結び、子授け、安産、育児の神様として広く世に知られ全国から熱心なお参りがあります。慶長年間、岡山藩備前監国の池田利隆公が子宝に恵まれなかった際、祈願後たちまち名君と仰がれた光政公が誕生されたと伝えられています。
又、子安神社の脇に自生する蕨(ワラビ)を夫婦で食べると懐妊するという伝承があります。
さすがに今の季節だとワラビなどは生えてないか・・・まあ もしあったとしても食わないけどな。(独身だし・・・)
裏山のほうにも稲荷様をはじめ 様々な神様がいらっしゃるぞ。
前回ここに参拝した時の記憶はそんなに残ってなかったが 一通り回るとそれなりに歩き回っていい運動になったわい♪
ここでも御朱印をゲット♪
これで去年からの心残りも解消されたな。よかったよかった♪



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