丹後半島を離れた後の行動は 着の身着のまま木の実ナナの全くの無計画、行き当たりばったりなんだが 所有するツーリングマップルに「日本三大権現」と紹介されているスポットに目が留まる。
それがこのあと訪問することになる「三川権現社」じゃ!なんでも大和の大峰山、伯耆の三徳山に並ぶ聖地なんだとか。
・・・大峰山は世界遺産、三徳山は国宝投入堂が有名だし どちらも修験道の聖地という事はわしでも知っている。三徳山には2度ほど登っているしな。
しかしながら恥ずかしながら、三川権現社というのは今まで聞いたことがなかったな・・・その2つと肩を並べるほどの聖地なら 一度くらいは耳にしていてもおかしくないと思うが・・・
今回はトレッキングの準備なんかしてないし そもそも今の体力で修験道の山を登る気もないから お寺の本堂を眺める程度に どんなところなのか確かめに行くとしよう。
夕方4時頃の訪問だからさすがに静か・・・
と、いうか 護摩供養なんかのイベントがない時は無人なんだな・・・登山ルートはあるんだろうけど さすがにこの時間にはみんな下山しているだろうし。
こちら 正式には「三川山 蔵王大権現社」というらしい。
ブナやシャクナゲが群生する香美町香住区の三川山は、古来より山岳修験道の行場として栄えた古霊場です。 修験道の開祖といわれる役行者(えんのぎょうじゃ)が674年に蔵王権現を勧請して開いたと伝えられています。 三川権現は、 大和の大峯山、伯奢の三徳山と並び、日本三大権現に数えられ、かつては歴代の国主、諸公をはじめ一般の人々の信仰も篤く、隆盛を極めていました。 しかしふもとにある三川権現社は、天文7年(1538)、雷火によって奥の院を焼き伽藍を焼失します。その後一時再建されますが、天保3年(1832)に但馬有史以来といわれる山津波(土石流)によって全ての建造物を流失、埋没してしまいました。 出石城主仙石氏や村岡城主山名氏らが再興を計り、高野山大僧正と信徒らが蔵王堂を再建して、現在の三川権現社があります。(「但馬の百科事典」より抜粋)
まあ、いろいろあって現在の姿になった、ということじゃ。
特に琴線に触れるアイテムも無いか・・・
ミニ観音霊場があったんで やって来たせめてもの記念に88か所を巡っておくか・・・
むぅ、正直 想像していた感じとは少し違っていたが まあどんなところか判っただけでも良しとしよう。
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