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2015年1月11日

2015年トレッキング初め!御許山~雲ヶ岳 ①

新年明けまして3連休・・・

正月休みは天気が荒れていて大して何も出来なかったんで 3連休初日は九州まで出向いてソロで山登りなんぞにウツツを抜かしてたぞ。今日はそのレポートじゃ!!



今回トライしたのは宇佐の御許山

この山はヤマケイの分県登山ガイドにも載ってないんで 前回の津波戸山の地図を引っ張り出すまで存在を知らなかったんだが・・・実は宇佐神宮の祭神である三女神が降臨したという伝承のある山で、宇佐神宮の奥の宮の位置づけである「大元神社」が頂上に鎮座しているという なにげに格式の高いパワースポットだったりする。

ネットの情報だと「登山対象としての魅力は薄い」ということだが、新年一発目のトレッキング・・・というより 参拝と言う意味でチョイスした、というわけじゃ。

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2015年1月10日

3連休初日~♪



ふぅ・・・

てなわけで 正月休みに何処にも行けなかったんで 今日は久しぶりに山登りなどに精を出してきたぞ。

トレッキングと温泉はセットになっているんで そのまま別府に出向いて先ほど下関のアパートに戻ってきたが、流石に疲れているんで今日はサッサと寝るぞっ!

・・・明日からの予定が全く立ってないんだが 何もしないのならそのまま九州に残って 適当にほっつき回っていたほうが良かったような気もするが、とりあえず親に日曜日に萩に戻ると言ったのは早まったかもなあ・・・



2015年1月8日

わが故郷 萩を行く!「渡辺蒿蔵~藍場川~御船倉」


萩の町は三角州に限れば自転車で十分回れるくらい狭いエリアなんで 一日ふらついただけでもそれなりに画像はゲットできるが 小ネタの消化みたいになるがどんどん紹介していこうっ!



こちらは最近整備されて存在は知っていたが なかなか来る機会がなかった渡辺蒿蔵旧宅

自動車学校のある通りと言えば萩市民ならある程度場所は判ると思うが 通称「八丁筋」と呼ばれる通りにある。
実はわしの実家からは徒歩圏内なんだが、2~3年前からオープンガーデンなる庭園を開放するイベントの1スポットになっていて入場は無料。(だからやって来た、ということも言えるが・・・)



何をした人かといえば ネット記事によると

渡辺蒿蔵(天野清三郎)は、天保14年(1843)萩藩士渡辺家に生まれ、一時天野家の養子となりますが、のちに渡辺家に復籍しました。15歳の安政4年(1857)松下村塾に入り、吉田松陰に学んだ後、久坂玄瑞らの尊攘運動に加わり、奇兵隊に参加、禁門の変で長州藩の敗退後、西洋兵学の修得に励みました。
慶応3年(1867)長崎に派遣され、まもなく藩命により米英に留学し造船技術を修得しました。帰国後は、工部省に入り、官営長崎造船局(現三菱重工長崎造船所)の初代局長に就任し、日本の造船事業の近代化に貢献しました。その後、49歳で逓信省を退職。帰郷後は松下村塾の保存事業に地元代表として尽くしました。

・・・ということらしい。 なんでも松下村塾の門弟で一番長生きをした人らしいぞ。



入場無料の割に ボランティアのおばちゃんが常駐しているようで、案内をしながらいろいろ解説をしてくれたぞ。

「どこから来られたんですか?」と聞かれたが、「すぐそこに住んでいる地元民です」としか答えられなかったな・・・おばちゃんがこのあたりの住民なら わしの苗字を言うと正体がバレバレになる可能性が高いしな・・・。



昔から存在していた家なんだろうが 史跡として意識したのはごく最近だから もしかしたらちょっと前まで子孫の人でも住んでいた普通の民家だったのかもなあ・・・(´ー`)

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2015年1月7日

わが故郷 萩を行く!「城下町を歩く」



さて、「花燃ゆ」便乗企画の続きだが、、、

定番というかありきたりというか、萩観光のメインといっても差し支えない城下町エリアはやはり外すことはできまい。



花燃ゆでもロケ地として使われていた なまこ壁が特徴的な菊屋横丁

大河の影響もあると思うが 日曜日ということで多くの観光客がそぞろ歩いていて 高杉晋作や桂小五郎旧宅は近寄れなかったぞ・・・


2015年1月6日

わが故郷 萩を行く!「草庵跡」





吉田松陰誕生地の入り口にある「高杉晋作草庵跡地顕彰碑」

「文久3(1863)年3月、10年間の暇を許され京都で剃髪し東行と号した高杉晋作が4月に萩に帰国し、団子岩の麓に草庵を結びました。師である吉田松陰ゆかり誕生地の近くで松蔭の遺著を読み、妻マサと一緒に嵐の前の静かな一時を過ごしました。(ネット記事丸写し)

・・・と、いうことだが 実際の草庵はココではなく 田床山の麓にあったりする。
今回は良い機会なんで十年ぶりくらいになるが久しぶりに草庵を訪ねてみることに。

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